コロナ禍で周りの人たちを観察して分かったこと

新型コロナウイルス感染症の国内初の感染者が確認されてから半年が経った。この間、3月に東京オリンピック・パラリンピックの延期が決まり、4月には緊急事態宣言が出されるなど事態が深刻化、現在に至っても終息の見通しは見えてこない。

コロナ関連の情報に触れる機会も多いが、専門家によっても主張が真っ向から対立することが多々あり、ましてや素人の私にとって現在起きている事象を正確に捉えることはとても難しい。

専門家ですらそうであるのだから、一般の人たちの意見が分かれるのはもっともだ。緊急事態宣言の解除後も外出を極力避け、自宅にひきこもる人たちがいる一方、夜の酒場では密な空間で唾を飛ばしながら語り合う人たちを目にする。

前者の人たちは、感染者数が増え、陽性率が上がっていることを重視し、緊急事態宣言の再発出を強く求める。後者の人たちは死者数がそれほど増えていないことに重きを置き、倒産や失業による経済的な影響による自殺者数の方がコロナの死者数より深刻になると訴える。

この数カ月の間、周囲の人たちがコロナをどう捉えるかに関心を持って見てきたが、豪放にみえる人が意外にもコロナに神経質だったり、反対に通常はナイーブだと思っていた人が外出推進派だったりと、なかなか興味深い。高齢者の方が重症化・死亡リスクが高いことは間違いないが、マスクもせず、街中で友人と談笑する老人の姿もよく見る。あくまで私見だが、コロナに対する態度に、年齢、性別、学歴、職業などの相関性はあまりなさそうだ。

やっかいなのが、主張が真っ向から対立する自粛推進派と緩和派は、歩み寄るのが難しい点にある。どちらが正しい、間違えているというより、価値観の相違に近いように感じる。それでいて、一致団結して動かなければ目指すべき効果を得られないだけに難しい。

そう、この問題は難しいのだ。昔から酒席やビジネスの場では政治、宗教、野球の話題は口論になりやすいのでタブーとされてきたが、これらは話題にしなければ済む。しかし、コロナは相手との接点の中で、具体的な距離感や態度として示すことが欠かせないだけになおさら難しい。